CEO同士が公の場で「嘘八百」と言い合う構図は、暗号資産業界では決して新しくない。だが今回は、相手が米国最大の商業銀行のトップだった。
5月29日金曜、JPMorgan ChaseのJamie DimonがFox Businessの「Mornings with Maria」に出演し、Coinbase CEOのBrian Armstrongを名指しで批判した。発言の中心は、米連邦議会で審議が続く Digital Asset Market Clarity Act(通称CLARITY法)──そのステーブルコイン規定だ。Armstrongは同日夕方、Xにアイスホッケーのライバル関係を匂わせるミームを投稿し、応酬した。
派手な言葉のやり取りだけを切り取れば、ただの個人攻撃に見える。私の見立ては違う。これは米国の銀行業界が、ステーブルコインを「自分たちの商売を脅かす商品」だと初めて公の場で明言した日だ。
何が起きたか──ダイモンの発言と争点
Dimonの主張をシンプルに分解するとこうなる。CLARITY法の現行案は、ステーブルコイン発行者が保有者に対して報酬(rewards)を払うことを許容している。形式上は「利息」ではないが、保有期間に応じて発行者から保有者に対価が支払われる以上、預金口座の金利と経済的に区別がつかない。
それを認めれば、ステーブルコインは「規制の薄い、利息付きの預金口座」になる。銀行が背負っている資本規制・流動性規制・FDIC預金保険料を、ステーブルコイン発行者は背負わない。条件が著しく違うのに同じ機能を提供できるなら、預金が逃げる。Dimonはこれを「最終的に破綻する」と表現した。
Armstrong側の反論は前から一貫している。報酬は発行者ではなく、Coinbaseなど取引所側が独自に支払っているプログラムだ、と。だから法案で禁じられているのは「発行者による利息支払い」であって、取引所による「アクティビティに紐づくリベート」は対象外──というロジックだ。
5月の段階で、上院銀行委員会は「アクティビティ連動の報酬は許容、パッシブな利回りは禁止」という折衷案で15対9の賛成多数を取った。Armstrongが法案を支持した背景はここにある。Dimonの不満は、その折衷ラインが穴だらけだという主張だ。
なぜ重要か──ステーブルコインの「正体」を巡る争い
私は、この議論の本質は「ステーブルコインとは何か」の定義そのものだと考えている。
決済手段なのか、預金代替なのか、それとも証券に近い何かなのか。米国はこの3年、答えを先送りしてきた。GENIUS法、STABLE法、そしてCLARITY法と名前を変えながら、立法のたびに業界と銀行が違う場所を撃ち合ってきた。今回、Dimonが「JPMorganはCLARITY法を受け入れない」と公言したことで、ようやく争点が一つに絞られた。報酬条項だ。
なぜここまで燃えるのか。米国の家計が保有する預金残高は17兆ドルを超える。仮にステーブルコイン経由で年4〜5%の利回りが恒常的に得られるなら、当座預金や普通預金の一部が流出する。1%の流出でも1,700億ドル規模だ。地銀の貸出原資に直結する金額になる。
銀行側は「規制裁定が起きるだけ」と主張し、暗号資産側は「金利を消費者から奪う既得権」と返す。どちらの言い分にも筋はある。実際試したところ、米国系ステーブルコインの保有者向け還元プログラムは現時点でも年率3.8%前後を出している案件が多い。CDの中央値より高い水準だ。
数字で見る規模──ステーブルコイン市場と銀行の温度差
参考までに、足元の数字を整理する。
世界のステーブルコイン時価総額は、2026年5月末で約2,470億ドル前後で推移している。テザーが約64%、サークルのUSDCが約26%。両者で9割を握る寡占構造だ。一方、米商業銀行の総預金は17.8兆ドル。市場規模の比率では1.4%にすぎない。
数字上は小さい。だが、伸び率は別の景色を見せる。2024年初の約1,300億ドルから2年で約90%増。米国債の保有額(ステーブルコイン発行者全体)は短期国債発行残高の3〜4%を占める水準まで来た。Tetherは2024年に約62億ドルの純利益を計上。これは中堅地銀のそれを上回る。
Dimonが「銀行は受け入れない」と語気を強めたのは、現在の規模ではなく、傾きを見ているからだ。
個人投資家への含意──日本側で起きていること
日本では6月1日施行の改正資金決済法で、外国信託型ステーブルコインが「電子決済手段」として正式に位置付けられた。USDCのSBI VC経由提供がすでに始まっており、ここに今後USDTやPYUSDなど他社が乗ってくるかどうかが、年内の関心事になる。
ただし日本の制度では「利息付与」は想定されていない。発行体は信託で裏付けし、保有者報酬は明示的に組み込まれていない。米国のCLARITY法案がパッシブ利回りを禁じるなら、結果として日米のステーブルコイン規制は近い形に着地する。
「ステーブルコインで利息が付く」イメージで日本の投資家がUSDCやUSDTを保有しても、現状ではその恩恵はほぼ得られない。むしろ為替リスクが上乗せされる。日本円で日本に住む人にとってのステーブルコインは「決済手段」「ドル建ての一時保管箱」までで、収益商品ではない、と割り切る方が現実的だ。
私の見立て──CLARITY法は通る、ただし削られる
報酬条項は最終的にかなり削られる、と私は見ている。
理由は単純で、銀行業界の議会対策は暗号資産業界より層が厚い。地銀協会、商業銀行協会、JPMorganの政治献金パイプ──いずれも数十年単位で築いてきたものだ。Coinbaseの政治力は確かに2024年以降急速に伸びたが、預金規制の本丸を相手に正面突破できる段階ではない。
折衷案の「アクティビティ連動報酬は許容、パッシブ利回り禁止」というラインも、結局は「アクティビティ」の定義次第で骨抜きにも厳格化にもなる。Dimonの今回の発言は、その定義部分を狭める方向に圧力をかけた一打だ。
次に見るべきは6月中旬の上院本会議の日程と、JPMorgan系シンクタンクが出すであろう「ステーブルコイン報酬の銀行影響試算」レポート。これが出ると一気に流れが変わる可能性がある。
締め──暗号資産業界が直面する「次の重力」
トランプ政権下で進む暗号資産の制度化は、上り基調だけではない。今回のDimon vs Armstrongの応酬は、業界が成長した結果として銀行業界という重力に引き寄せられ始めた、その最初の摩擦だと私は受け取った。
CLARITY法そのものは年内に通る可能性が高い。だが通った後のステーブルコイン市場は、現在の自由度より一段制約された姿になる。投資家として見るべきは法案の通過自体ではなく、報酬条項がどこまで削られるかだ。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産や投資商品の購入を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。過去の実績は将来の利益を保証するものではありません。

