マルチシグとは何かの概念は別記事で扱った。本記事は実機で動かす側の話。EVM 互換チェーンで事実上の標準となっている Safe(旧 Gnosis Safe)を使って、2-of-3 のマルチシグウォレットを立ち上げるまでの一連の手順を、つまずきやすいポイントとセットで整理する。
「Safe って何?」「どのチェーンで作ればいい?」「いくらかかる?」――この3つに答える内容で、所要時間は実機作業で30〜60分を見込む。
Safe とは
旧称 Gnosis Safe、2022 年に Safe にリブランド。EVM 互換チェーン上で動くスマートコントラクト型のマルチシグウォレット。
- 採用実績: Vitalik Buterin 個人ウォレット、Uniswap・Aave・MakerDAO 等の主要 DAO トレジャリー
- 保管総額: 2026 年 5 月時点で Safe 上に 1,000 億ドル超(Safe 公式ダッシュボード)
- 対応チェーン: Ethereum、Polygon、Arbitrum、Optimism、Base、BNB Chain、Gnosis Chain ほか
「マルチシグの実装ってどれ?」と聞かれたら、まず Safe を出しておけば実務上ほぼ外さない。
どのチェーンで作るか
これが最初の分岐点。同じアドレスでも別チェーンの Safe は別物扱いになるので、最初に決めておく必要がある。
| チェーン | デプロイ時ガス代の目安 | 向いている用途 |
|---|---|---|
| Ethereum メインネット | 50〜200 ドル | 1,000 万円超の長期保管、DAO トレジャリー |
| Arbitrum / Optimism | 0.5〜2 ドル | 個人の 100〜1,000 万円規模 |
| Polygon | 0.1 ドル前後 | 練習用、少額の家族管理 |
| Base | 0.5〜1 ドル | 個人の中〜小規模 |
(2026 年 5 月時点。ガス代相場で変動する)
初めて触る人は Polygon か Base での練習を強く勧める。失敗してやり直しても痛くない金額で済む。本番運用は Arbitrum か Ethereum、というのが現実的な落とし所。
事前に揃えるもの
- 既存ウォレット 1 個(MetaMask 等): Safe のデプロイ署名に必要
- 共同管理者のアドレス 2 つ: 自分の別ウォレット、配偶者のウォレット、信頼できる第三者など
- ガス代用の暗号資産: ETH(Ethereum/L2)または MATIC(Polygon)
- メモ用紙またはパスワードマネージャ: 共同管理者アドレスと Safe アドレスを記録する用
「共同管理者を誰にするか」を決めずに作業を始めると、画面の途中で詰まる。先に決めてから着手するのが鉄則。
立ち上げ手順(2-of-3 構成 / Polygon の例)
Step 1: Safe Web UI を開く
app.safe.global にアクセス。MetaMask の接続を求められるので承認する。
URL は必ず公式から確認すること。検索結果の偽サイトでシードフレーズを抜かれる事案が継続的に報告されている。
Step 2: ネットワーク選択 → Create new Safe Account
画面上部のネットワーク切り替えで Polygon を選択。「Create new Safe Account」ボタンを押す。
Step 3: Name(任意) と Owner 設定
- Name: 「Family Treasury」など自分が分かれば何でも(チェーンには記録されない、ローカル表示用)
- Owner: 3 つのアドレスを登録する
- Owner 1: 自分の MetaMask アドレス(自動入力済み)
- Owner 2: 配偶者または別デバイスの自分のアドレス
- Owner 3: 信頼できる第三者またはバックアップ用アドレス
Step 4: Threshold(閾値)設定
「3 owners」のうち「any 2」が承認すれば送金可能、という意味で 2-of-3 を選ぶ。
ここを 3-of-3 にしてしまうと、1 人の脱落で資産凍結になる。初めての人は 2-of-3 一択でいい。
Step 5: Review → Create
ガス代の見積もりが表示される。Polygon なら 0.05〜0.5 MATIC 程度。MetaMask で署名するとデプロイが始まり、1〜2 分で完了する。
Step 6: アドレスの記録
完成した Safe アドレス(0x…)が表示される。これがマルチシグウォレットの本体。必ず別の場所(パスワードマネージャ等)に保存しておく。
動作確認: テスト送金
立ち上げ直後にいきなり 100 万円を送るのは無謀。必ず少額テスト送金で動作確認する。
- Safe アドレスに 0.1 MATIC(数十円分)を送る
- Safe Web UI から「Send」で別アドレスに 0.05 MATIC 送金リクエスト
- Owner 1(自分の MetaMask)で1 回目の署名
- Owner 2(別ウォレット)で2 回目の署名 → 自動実行
- ブロックエクスプローラで着金確認
ここでつまずく場合の典型原因:
– Owner 2 のウォレットを Safe Web UI に接続し忘れている
– Owner 2 側のチェーンが Polygon になっていない
– ガス代不足
つまずきやすいポイント
- 「アドレスが届いてない!」: Safe デプロイ前のアドレスに送金してしまった場合、その送金は届かない。必ずデプロイ完了後にアドレスを使う
- 「Owner を間違えた」: デプロイ後でも Owner の追加・削除は可能。ただしマルチシグ承認(2-of-3 等の規定数)が必要
- 「ガス代が想定の 10 倍来た」: Ethereum メインネットでガス価格が高騰している時間帯にデプロイすると起きる。ガス価格が落ち着く深夜帯(日本時間)を狙うか、L2 に逃げる
- 「シードフレーズはどこ?」: Safe 自体にシードフレーズは存在しない。各 Owner のウォレット(MetaMask 等)のシードフレーズが鍵になる。これを失うと Owner 権限を失う
運用開始後の注意
- Owner のウォレットを失うリスク管理: 各 Owner は自分のウォレットのシードフレーズを別管理する。同じ場所に全員分を置かない
- トランザクションは Safe Web UI から作る: 直接コントラクトを叩くのは慣れてから。最初は UI 経由が安全
- 定期的に Owner の生存確認: 1 年動かさないと第三者 Owner が連絡取れなくなる、というのは家族トレジャリーで頻発する事故
まとめ
Safe での 2-of-3 マルチシグは、事前準備さえ済めば実機 30〜60 分で立ち上がる。技術的な難所はほぼなく、難しいのは「誰を Owner にするか」「どのチェーンを選ぶか」という設計判断のほう。
最初は Polygon でテスト用 Safe を作ってみて、操作感を掴んでから本番用を Arbitrum や Ethereum に立ち上げる、という二段構えが安全だと思う。
構成パターンの具体例は個人向けマルチシグ構成パターン集|2-of-3を中心とした実用例で、DAO 用途はDAOトレジャリーとマルチシグ|運用ガバナンス設計のポイントで扱う。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産や投資商品の購入を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。記載のガス代等は変動するため、実行時に最新値を確認してください。

