数字としては小さい。だが文脈としては大きい。
テザー(USDT発行体)の米国向け規制ステーブルコイン「USAT」の月次リザーブ報告書が、2026年5月28日にAnchorage Digitalから公開された。Deloitteが検証したこの報告書によると、USATの発行残高は4月末時点で約140.8M USAT。前月末の22M USATから540%の急増だ。1月の初回報告時点では$17.6M程度だったので、4ヶ月で約8倍に拡大している。
それでもライバルとの差は大きい。USDCが約76B、PayPalのPYUSDが約5.5B、RippleのRLUSDが約$1.7B。USAT 140.8MはこれらにOrderofMagnitudeで負ける。テザー本体のUSDT(150B超)とは比較にならない。
何が起きたか(報告書の中身)
報告書の主要ポイントは3つある。
- USAT発行残高: 140.8M(対3月末+540%、対1月末+700%超)
- リザーブ構成: 現金13.4M、米国債逆レポ127.8M、合計$141.18M
- 余剰: 約327K(発行残高に対して0.0023/USATの過剰担保)
これはDeloitteによる「フルオーディット」ではなく「アテステーション(検証)」報告で、特定時点のリザーブ残高に対する第三者の整合性確認、というスコープだ。テザー本体の四半期Reserve Reportと同じ位置づけになる。
発行体はAnchorage Digital(米連邦特認チャーターを持つクリプト銀行)。テザー本体は香港・サルバドル等の体制を維持しつつ、米国市場向けにはAnchorageと組んで「Tether Wholly-Owned」ではなく「Anchorage Issued, Tether-Backed」の建付けを取った。これはGENIUS Act(米国ステーブルコイン規制法)で要求される「米国発行体」基準を満たすための設計だ。
なぜ重要か(GENIUS Act施行年の地位確定戦)
GENIUS Actの追加規則施行期日は2026年7月18日。あと2ヶ月足らず。これ以降、米国ユーザー向けに販売されるステーブルコインは、発行体が連邦チャーターまたは州ライセンスを取得していることが必須となる。USDT本体はこの基準を満たさないため、米国市場での新規販売は事実上不可能になる。
つまり、テザーが2026年内に米国市場でドル覇権の一角を維持するには、USATが受け皿として育つことが絶対条件だ。540%増という数字は、テザーが本気で米国市場を取りに来ているサインだと読める。だが、現状の140.8MはUSDC(76B)の0.19%。シェア奪取というレベルにはまだ達していない。
ここで個人的に注目しているのは、テザー側のCEOが述べた「機関のトレジャリー管理・決済・規制ドル流動性目的の利用増」という説明だ。これはリテールではなく、米国機関側からの実需が起点になっている可能性を示唆する。リテール市場ではUSDCのCoinbase連携が圧倒的で、USATが食い込む余地は薄い。だが、機関のオンチェーン決済・トレジャリー運用というニッチは、まだUSDCが完全に押さえているわけではない。
直近の参考事例として、5月27日にSoFiが自前ステーブルコイン「SoFiUSD」をEthereum・Solana上で稼働させたばかりだ。米国の銀行・FinTech大手が、それぞれ別経路でドルステーブルコインに参入してきている。USDC一強の構図が、今年後半に複層化する可能性は十分にある。
数字で見る規模感
主要ドルステーブルコインの2026年5月時点の規模感を整理する。
- USDT(テザー本体、海外向け): 約$150B
- USDC(Circle): 約$76B
- PYUSD(PayPal): 約$5.5B
- RLUSD(Ripple): 約$1.7B
- SoFiUSD(SoFi Bank, N.A.): 公開直後で数十M規模
- USAT(Anchorage/Tether): $140.8M
USATが意味のある「米国向け」プレイヤーになるためには、最低でも1B台に乗る必要がある。月54025B規模になるが、初期成長と継続成長は別物で、機関採用の踊り場が来る可能性が高い。年末時点で1B〜3Bに収まれば、テザーとしては及第点だろうと思う。
私の見立て──「USDTの米国版」ではなく「テザーのHedge」
率直に言うと、USATがUSDCを脅かす規模に育つ可能性は短中期では低い。USDCはCircleとCoinbaseの強固なネットワーク効果で守られているし、機関の調達経路もすでに確立されている。テザーが米国市場で同じ位置を取るには、何年単位の戦いが必要だ。
ただ、USATの本当の役割は別のところにある。GENIUS Act後の米国規制ドル市場で、テザーが「存在しないプレイヤー」にならないための保険、という見方が個人的にはしっくり来る。USDT本体が海外市場で年間数十億ドルの利益を生み続けるためにも、米国規制当局との関係を切らさない、つまり「米国にも準拠した姉妹発行体がいる」という事実が必要だ。USATはその実装系として機能する。
リスクシナリオを書いておく。仮にAnchorage DigitalがGENIUS Actの追加規則(7月18日施行)で何らかの不備を指摘されれば、USAT発行は一時停止リスクを抱える。逆にスムーズに移行できれば、テザー本体の信用補完にもなる。Deloitte検証の月次レポート公開は、その「信用構築」プロセスの一環だと見ている。
次に見るべきは3点。7月18日のGENIUS Act追加規則施行後の発行残高の変動、機関採用先の具体的な開示(現状はTeather側のCEOコメントのみ)、そしてUSDC・PYUSDのレスポンス(競争反応)。この3つで2026年下半期のドルステーブルコイン地形図がはっきりする。
ドル覇権の話に小さな波が立っている。USDC一強の時代がいつまで続くか、答えは2026年末には見えてくる。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産や投資商品の購入を推奨するものではありません。投資は自己責任で行ってください。過去の実績は将来の利益を保証するものではありません。

